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新潟地方裁判所長岡支部 昭和49年(わ)148号 判決

組合役員

甲野一郎

会社員

乙山二郎

右両名に対する各威力業務妨害被告事件について、当裁判所は、検察官佐々木英雄、同長谷川紘一出席のうえ審理をして、次のとおり判決をする。

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

第一本件公訴事実

本件公訴事実の要旨は、

「被告人甲野一郎は全国一般労働組合長岡支部支部長、被告人乙山二郎は第一建設工業株式会社長岡出張所に勤務する軌道工で、同労働組合長岡支部第一建設分会書記長であるが、同分会長山田喜作らと共謀のうえ、前記会社が、日本国有鉄道から請負った信越本線北長岡駅構内配線変更工事に際し、同駅下り本線に多量の道床用砕石を取卸し、これを取片付けないことによって線路を閉鎖させ、下り本線の列車進入を阻止して日本国有鉄道の列車運行業務を妨害することにより、前記分会が同社に対して要求中の賃上げ闘争を有利に展開することを企図し、昭和四九年七月二日午前一〇時二〇分ころ、新潟県長岡市城岡二丁目一〇番一一号日本国有鉄道北長岡駅において、被告人乙山が、線路閉鎖中の同駅下り本線に進入した砂利運搬専用貨車一両から約一八立方米の道床用砕石を、下り本線と新設の下り一番線の間に、幅約二米、高さ約〇・九米、長さ約三〇米にわたって取卸し、右砕石が下り本線の建築限界に支障しているにもかかわらず、被告人甲野において、他の組合員に砕石取片付け作業を行なわないように指示して、敢えて下り本線の線路開通ができない状態のまま放置し、さらに同組合員一六名とともに右砕石の上やその付近に滞留したうえ、前記会社の主任技術者藤島正に対し、被告人甲野らにおいて「作業をやるなら組合は実力で阻止する。」「俺達は身体を張ってでも阻止するぞ。」と申し向けて、もし右藤島が右作業を開始した場合は他の組合員らとともにこれを実力で妨害するような気勢を示して砕石の取片付けを不可能ならしめるなどの威力を示し、よって同駅駅長安達哲郎をして、同一〇時三七分ころから同一一時二五分ころまでの間、同駅下り本線の線路開通措置をとることを断念させ、その間同下り本線を進行する予定の二〇〇三M列車ほか四列車を側線通過させて、二分三〇秒ないし六四分の遅延を生じさせたほか同駅に停車する予定であった四三七M列車をして側線通過のために客扱いを不能ならしめ、もって威力を用いて日本国有鉄道の列車運行業務を妨害したものである。」

というものである。

第二当裁判所の認定した事実

一  被告人らの地位

第一建設工業株式会社(以下第一建設という)は、日本国有鉄道(以下国鉄という)の軌道工事の請負などを業とする会社であり、同社内には、日本労働組合総評議会・全国一般労働組合長岡支部(以下全国一般長岡支部という)に加盟している従業員で組織する第一建設分会(以下一建分会という)と、いわゆる企業内組合の第一建設労働組合が併存している。

被告人甲野一郎は、全国一般長岡支部の執行委員長兼同支部の加盟する長岡地区労働組合連合会の事務局長、被告人乙山二郎は、一建分会の書記長の地位にあった。

以上の事実は、全国一般長岡支部の「規約規定集」、長岡地区労働組合連合会の「規約規定集」、(人証略)によって認める。

二  争議行為に至るまでの経緯

1  一建分会は、昭和四九年春闘の一環として、同年三月五日賃金一律三万円引上げ、全員の月給制、雨衣、安全靴の支給の三項目の要求を会社側に提示し、同月一八日から同年六月六日までの間、三回にわたり団体交渉を重ねたが、同月七日の組合大会で、ベース・アップについては最低一律二万円以上を要求して更に交渉を続け、場合によっては争議行為を行う旨決定した。

これより先、全国一般長岡支部は、一建分会のベース・アップ闘争につき、同年五月一三日、労働関係調整法三七条に基づく公益事業の争議行為の予告を新潟県知事及び新潟県地方労働委員会宛にし(右争議予告は同月二四日の県報に公告された)、更に同年六月一日と一三日の二回にわたり、第一建設に対し、争議行為に入る旨を通告した。

以上の事実は、(証拠略)によって認める。

2  第五回団体交渉は、ようやく同年六月二九日午後五時すぎころから、長岡市殿町一丁目一番一一号第一建設長岡出張所応接室において、会社側から佐藤勝也総務部長ほか三名、一建分会側からは被告人甲野、同乙山、山田喜作分会長、久保隆次副分会長ほか三名が出席して開かれた。会社側は、ベース・アップについては、既に第一建設労働組合と妥結していることもあって前回の回答額(管理職二万三〇〇〇円、月給労務職一万八八〇〇円、日給労務職一万六五〇〇円)に一円も上積みできない旨を繰り返し、これに対して一建分会側は、当初一律二万五〇〇〇円のベース・アップを要求し、最後には一〇〇円でも二〇〇円でもいいから上積みして欲しい旨要求したが、会社側がこれを聞きいれなかったため、午後八時ころ、被告人甲野は、「それでは団交決裂だ、ストをやる」と言って席を立ち、交渉が打ち切られた。

以上の事実は、(人証略)によって認める。

なお、(人証略)中には、久保隆次が「急行でも特急でも皆止めてみせる」と言った旨の供述部分があるが、右は、前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。

3  一建分会員は、交渉が決裂した後直ちに同出張所の二階休憩室で集会を開き、被告人甲野らの報告を受けたうえ、今後の対応につき話し合い、その際ストライキをするしかないということに全員の意見が一致したが、分会員の中から、「前年のような長期間のストライキはいやだ」「現場ごとの部分ストをやろう」「砂利取卸しのときにストをやったらどうか」などの意見が出され、これらの意見を受けた被告人甲野は、ストライキを効果的に行う方策を考えるため、一建分会員が従事している北長岡駅ほか三か所の作業現場の作業日程、内容、砕石の到着予定日などを現場の作業員から聴取したが、その際、北長岡駅構内の作業現場が地区労の事務所にも近く、同年七月二日に砕石取卸し作業が行われる予定があったことから、そのときにストをやったらどうかなどの意見も出され、大方の雰囲気もこれに傾いたが、ストライキの日時、場所、態様についての最終的な決定は、全国一般長岡支部執行委員長の被告人甲野に一任された。

以上の事実は、(人証略)によって認める。

三  本件争議行為

1  第一建設は、当時国鉄から北長岡駅溝内の新旧下り一番線切り換え工事を請負っており、同年七月二日の作業予定は、列車の間合を利用して、午前一〇時八分から同四二分三〇秒ころまでの間、下り本線の線路を閉鎖し、その線路上を新潟方向にホキ車を移動させながら一八立方メートルの砕石を、直江津駅を基点とした七五・七キロメートル付近の新下り一番線との間に取卸し、これを国鉄建築規程一八条に規定されている建築限界に支障しないように掻き均すというものであった。そして、その作業には、第一建設側から長岡出張所線路主任技術者の藤島正が現場の総括責任者として指揮にあたり、その下に工事指揮者岩村武男、作業班長覚張幸夫がおり、作業員としては第一建設従業員が右岩村、覚張を含めて一三人(その全てが一建分会員であった)、臨時人夫が六、七人、下請けの金子組の人夫が約一四人いて、作業員全員で掻き均し作業にあたることになっていた。なお、ホキ車を牽引するモーターカーの運転は、国鉄職員中林弘が、その誘導は国鉄長岡保線支区の宮島秀次検査長が行う手はずであった。

以上の事実は、(証拠略)によって認める。

2  被告人甲野は、同年七月二日朝、北長岡駅の作業現場で砕石取卸し直後にストライキを決行しようと考え、同日午前一〇時少し前ころ、長岡駅構内で作業をしていた一建分会長の山田喜作に北長岡駅に来るように電話連絡した後、午前一〇時一五分ころ、北長岡駅下り本線の作業現場に赴き、午前一〇時二〇分すぎころ、砕石掻き均し作業のため集まっていた一建分会の作業員に対し、ストライキ突入の指令を発し、そのころ長岡駅から山田分会長、久保副分会長ほか一名が到着した。

被告人乙山は、これより先、同日砕石取卸し時にストライキに入ることを予想し、もしストライキにより問題が生じた場合に、一建分会書記長としてその責任を負うつもりで、同日朝の点呼・作業打ち合わせ時に、あらかじめ工事指揮者の岩村武男に対し、砕石を取卸すホキ車のハンドル操作を自分がやる旨申し入れてその了解をとったうえ、同日午前一〇時すぎころ、ホキ車(七〇〇型新一一九六号)に乗車し、同一二分ころ、砕石取卸し現場(以下本件現場という)に至ったところ、被告人甲野の姿を認め、予想通り砕石取卸し後にストに入るものと察知した。被告人乙山は覚張班長の合図により、同所でホキ車のハンドルを開いて停止散布を二度した後、宮島検査長及び覚張班長の指図に従い徐行散布を行ったが、これにより下り本線と新下り一番線の間に高さ約六〇ないし九〇センチメートル、巾約二メートル、長さ約三〇メートルの範囲に砕石の山が形成され、前記建築限界に支障する状態となった。

以上の事実は、(証拠略)によって認める。

なお、被告人乙山が、検察官の主張するように、敢えて建築限界に多大の支障を来たすように平常以上に多量の砕石を取卸したとは認定できない。

3  ストライキに入った一建分会の作業員は、所携のはち巻きをしたり腕章を付けたりして、砕石の上或はその周囲に滞留し、被告人甲野の演説を聞いたりしており、被告人乙山はマイクロバスの中から組合旗を持って来て、本件現場にあった基準杭に結びつけた。

一方宮島検査長は、モーターカーを誘導していたが、作業員が砕石を掻き均さないので、本件現場に戻り、一建分会の作業員に対し、「列車が来るから早く片付けれ」と声をかけたが、無視されたうえ、被告人甲野から「お前には関係ない」と言われたため、事態を北長岡駅運転室に連絡し、また途中出会った長岡保線支区の近恵三技術係にも伝えた。

そこで、近技術係は、午前一〇時三〇分ころ本件現場に駈けつけ、同所にいた山田分会長に対し、「国鉄に関係ないのになんでやるんだ」と抗議したが、同人に「お前さんには関係ない」と言われて無視されたため、第一建設の作業員詰所に行き、藤島主任に善処方を求めた。

驚いた藤島主任は、午前一〇時三五分ころ現場に駈けつけ、被告人甲野らに対し、「列車が近づいて来ているから砕石取片付けに協力してくれ」と頼んだところ、同被告人から「お前が藤島か、お前には関係ない、本店の佐藤総務部長を呼べ」と拒否され、更に同人は同所にいた被告人乙山、山田分会長、久保副分会長らに対しても砕石を掻き均すように要求したが、被告人乙山からは「ストだから割切ってくれ」、山田からは「おれたちは体を張っているんだ」、被告人甲野から「何をそんなにガタガタ震えているんだ、青くなって」などと言われて拒絶されたうえ、「臨時雇で片付けるから山をどいてくれ」との要求も、山田分会長らに「あくまでやるんだったら実力でも阻止する」と拒否されたため、現場を離れた。

その間の午前一〇時四〇分ころ、宮島検査長は、長岡保線支区から応援の者が三名来ると聞いて、これらの者と砕石の掻き均しをしようと考え、シャベル四本を持って本件現場に赴いたが、現場に滞留していた組合員から「お前には関係ないんだ、片付ければまた中に入れる」などと言われ、掻き均しを断念して、シャベルを同所において引き返した。

一方藤島主任は、午前一〇時五〇分ころ、第一建設長岡出張所線路次長の高橋益雄に「組合員がストライキに入った」旨電話で報告し、「臨時人夫も使えないから人をよこしてくれ」と要請した後、再び現場に行き、再度「砂利を人夫で片付けさせてくれ」と要求したが、被告人甲野、山田分会長から「実力で阻止する」旨拒否された。なお、臨時人夫は、藤島主任がストライキ突入後混乱を避けるため詰所に引きあげさせ、また金子組人夫はストライキに入ったころは現場にいなかった。

午前一一時四分ころ北長岡駅長安達哲郎が現場に来て、被告人甲野に対し、「列車が通れないから至急砂利を片付けてもらいたい」と要求したが、同被告人は、「このことについては会社の方に話をしてくれ」と言ってとりあわなかった。

午前一一時五分ころ高橋次長が現場に到着し、藤島主任と共に被告人甲野に対し、「人夫に仕事をやらしてくれ」と申し入れたが、「そういうわけにはいかない、もしやるんならこちらでも断乎やる、そんなことよりも早く本店に電話して一刻も早く解決するようにしろ」と拒絶された。

そこへ再び安達駅長が来て、被告人甲野に「仕事をしないんだったらこの場から退去してくれ」と申し入れた。同被告人は山田分会長と打合わせをしていたが、そのころ北長岡駅の本屋付近に会社が手配したと思われる人夫の姿を認め、混乱を避けるため立退くことにして、被告人乙山の音頭でシュプレヒコールをした後、午前一一時二〇分ころ全員作業員詰所に引きあげた。

ストライキは同日正午解除された。

藤島主任は、一建分会員が本件現場を退去した後、直ちに臨時人夫七、八人を指揮して砕石掻き均し作業を行い、約五分でこれを終え、午前一一時二五分ころ、下り本線の線路閉鎖は解除された。

以上の事実は、(証拠略)によって認め、右認定に反する(人証略)は措信できない。また、(人証略)中には、被告人甲野、山田、久保らが「汽車を停めるのが目的だ」と言っていた旨の供述部分があるが、前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。

四  本件争議行為による国鉄業務への影響

国鉄は、北長岡駅下り本線に建築限界を支障する砕石の山が取残されたため、線路閉鎖を解除することができず、下り列車の運行に下り一番線(副本線)を使用することになり、その結果左記のとおり、各列車に運行変更或は運行遅延が生じた。

二〇〇三M

特急とき二号 運行遅延六分

三〇三一M

特急北越一号 同二分三〇秒

四三七M

普通 同二九分三〇秒(北越一号と順序変更)

七〇一M

急行佐渡一号 同三分三〇秒

四七九

貨物 同六四分

(運行遅延はいずれも北長岡駅の新潟よりの隣接駅である押切駅通過或は発車時点でのもの)

また、北長岡駅下り一番線はホームから離れているため、同駅では旅客扱いができず、国鉄では、前記四三七M普通列車の同駅下車予定の乗客三名を長岡駅から北長岡駅まで、同駅で乗車予定の旅客一〇名を同駅から押切駅までそれぞれタクシーで振替輸送した。

以上の事実は、(証拠略)によって認める。

五 本件争議後の経過

同年七月二日夜、第一建設佐藤総務部長は被告人甲野に電話し、団交の再開を申し入れ、これを受けて同月五日以降二回団体交渉が持たれ、同月一二日、ベース・アップについては、同年九月以後の作業手当を現行額より月給労務職で一日五〇円、日給労務職で一日一〇〇円引上げる、などで妥結した。

なお、第一建設は、国鉄から、列車運行に支障を生じさせたことにつき、始末書の提出を求められたほか、同年七月三日から二週間の指名停止処分を受けた。

以上の事実は、(証拠略)によって認める。

第三当裁判所の判断

一  被告人らの行為は、前認定のとおりであるが、これは全国一般長岡支部の争議行為として行われたものであるから、これが正当な争議行為といえるかどうかについて考察する。

検察官は、被告人らの本件行為が労働組合の団体行動権とは無関係の、共謀による集団的な犯行である旨主張する。しかし、前認定事実によれば、被告人らの行為が賃上げ等の要求をめぐる会社との団体交渉の行詰りを打開するためになされた労働組合の争議行為であることは明らかである。

二  検察官は、被告人らの本件行為が第一建設の業務の執行経営並びに国鉄の列車運行業務に対する積極的加害を直接の目的としてなされたものである旨主張する。

しかし、争議行為は、それ自体当然に使用者の業務の執行を阻害し、場合によっては第三者の業務を阻害する結果となることもあるのであり、行為者自身その結果を認容し、ある場合にはこれを意図することもないではないが、憲法上労働者の争議権が強く保障されている趣旨に鑑みれば、右の認容、意図があるからといって直ちに争議行為が不当なものとなるものではなく、これが不当となるのは、当該争議行為が、労働者の経済的地位の向上という本来的目的と無関係に、経済的地位の向上に名をかりて使用者ないし第三者の業務阻害を直接の目的としてなされた場合などに限られるものと考える。そして、本件においては、前認定事実及び(人証略)によれば、被告人らは本件争議行為により第一建設の業務が阻害され、かつ国鉄の列車運行業務に支障が生ずる可能性のあることを認識し、かつ、これもある程度はやむを得ないものと認容していたことが認められる(右認定に反する甲野供述は措信できない)けれども、第一建設や国鉄の業務の阻害を直接の目的としていたとは認められず、むしろ、前認定のとおり、本件争議行為の目的は組合員の経済的地位の向上にあったものであるから、被告人らの行為は、争議行為の目的において正当性を欠くものではない。

三  そこで、被告人らが砕石取卸し後その掻き均し作業を放棄し、藤島主任ら会社側からの掻き均し要求を拒否した行為について考えるに、これは会社との関係では、労働契約上負担する労務提供義務の不履行という消極的なものであって、ストライキの本来的態様ということができる。また被告人らは、国鉄の職員からの砕石掻き均し要求に対しても、これを拒否しているが、被告人らは、国鉄との間には労働契約関係になく、従って、国鉄に対しては、直接労務提供義務を負うものではないから、その拒否は、これにより列車の脱線、転覆等乗客の生命身体に脅威を及ぼす事態の発生する現実的な危険があるなど特段の事情のない限り正当であって、本件においては、線路閉鎖中であり、列車が進入してきて危険な状態となる可能性などはなかったのであるから、その拒否を不当とすべき事情は認められない。

検察官は、砕石取卸し・掻き均し作業は国鉄の列車運行に支障しないように行われなければならず、砕石が取卸された状態で放置されれば、線路閉鎖を解除することができず、従って列車運行を阻害することとなるので、砕石を取卸した場合には必ずこれを掻き均さなければならず、両作業はこの意味で不可分一体であり、一旦業務命令に従って砕石を取卸した以上、これを掻き均さないで作業を放棄することは信義則に反し、違法である旨主張する。

しかし、国鉄に対して、列車運行に支障を生じさせないように作業を完了しなければならない義務を負うのは、工事を請負った第一建設であり、第一建設の作業員は、会社からの業務命令に応じて、会社に対して右義務を負担するにすぎず、一旦ストライキに入り、会社に対する労務提供を拒否する以上、列車運行に支障を生じさせないように配慮すべき義務もまた免れるものというべきである。また、作業のどの段階でストライキに入るかについては、前記のような危険状態を発生させる可能性などのない限り原則として、労働組合の自由な選択に委ねられて然るべきであり、取卸し後にストライキに入ったからといって直ちに信義則に反し、違法であるということはできず、本件においては危険状態発生の可能性などは認められないから、被告人らが砕石取卸し後作業放棄をし、会社や国鉄からの作業続行要求に応じなかったことは不当ではない。

次に、被告人らが国鉄の施設内で争議行為に入り、かつ同所に滞留した点であるが、労働者がその作業現場で作業放棄の争議行為に入り得ることは当然のことであり、これは第三者の所有施設内であっても同様であるから、その作業現場にとどまることも、当該施設管理権者の支配を実力で排除したり、正当な退去要求を無視して長時間居座るなどのことがない限り、団結権の行使として許容さるべきであり、本件では、被告人らは作業放棄後約一時間にわたり作業現場に滞留したにとどまり、しかも安達駅長からの退去要求を受けて短時間のうちに本件現場から退去しているので、滞留行為も不当とはいえない。

次に、被告人らは、藤島主任及び高橋次長からの、一建分会員以外の者により砕石を掻き均させてほしい旨の要求に対し、「あくまでやるんだったら実力で阻止する」などと申し向け、また宮島検査長に対しても「お前には関係ないんだ、片付ければまた中に入れる」旨申し向けて、それぞれその作業に取りかかることを断念させた点について検討する。

一般に、労働組合の争議行為が行われ、使用者又は第三者の業務が阻害され若しくは阻害されるおそれがあるときは、当該使用者なり第三者がこれを避けるため対抗手段をとり得るのであり、労働組合がその対抗手段を不法に抑圧することは許されない。

そこで、本件をみると、被告人らは、藤島主任や宮島検査長らの要求に対しては、暴力を行使したり、或はスクラムを組むなどの行動に出ておらず、また藤島主任らが現実に人夫を使って掻き均し作業にとりかからなかったし、従って被告人らはその作業を現実に阻止する行動に出ていない。そして、(証拠略)によれば、本件現場の雰囲気はとりたてて険悪なものではなかったことが認められる(この点に関する〈人証略〉は措信できない)。被告人らの言辞には、砕石の上やその付近に滞留したことと相俟って、多分に威圧的な面がみられないでもないが、これも争議行為の場にあっては往々に見られるものであり、とりたてて違法視することはできない。そして、これらの状況に照らすと、藤島主任や宮島検査長らが作業にとりかかるのを断念したのも、被告人らが砕石の上やその付近に滞留して前記言辞に及んだため自由意思が抑圧された、というよりも、藤島主任らが無用の混乱を避けるため自ら作業に取りかからなかったものとみることができる。

検察官は、被告人らの本件争議行為により国民生活に重大な影響を与える国鉄の列車運行業務を阻害した点を重視するが、本件では、列車の運行遅延は、旅客列車で二分三〇秒から二九分三〇秒、貨物列車で六四分、その本数も合計五本(山形・検によると、そのほか、四〇八五コンテナ貨物列車一本にも三分三〇秒の遅延を生じている)であり、そもそも国鉄はその構内における作業を、争議権の保障されている労働組合のある民間会社に委託しているのであるから、その民間組合が国鉄構内で争議権を行使する場合のあり得ることは当然予想すべきであり、殊に、本件においては、争議行為の行われる可能性のあったことは、会社、国鉄側において知り得た筈であるから、前もって会社、国鉄側で争議行為に対応できる準備を整えておきさえすれば、列車運行業務に対する影響も相当程度避けることができたものと認められ、本件争議行為による列車運行の遅延等の責任のすべてを被告人らに帰させるのは相当ではない。

以上被告人らの行為は、争議行為の目的、手段、態様、争議に至るまでの経緯等諸般の事情を考えあわせると、全体的にみて、正当な争議行為の範囲内に属すると認められる。

第四結論

従って、被告人らの行為は刑法三五条、労働組合法一条二項により正当行為として違法性が阻却され、結局本件公訴事実は罪とならないので、刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡をする。

(なお、弁護人は、本件起訴は検察官が民間労働運動に対する刑事弾圧を意図したものであるから公訴権の濫用にあたる、また、公訴事実は被告人らがなした威力の具体的内容について明示を欠くので、起訴状自体何ら罪となるべき事実を包含しない、として公訴を棄却すべき旨主張する。しかし、本件審理を通じて検察官において労働運動を弾圧する意図があったと認めるに足りる資料は見出すことができないし、すでに述べたとおり公訴事実が訴因の明示を欠くとはいえず、威力業務妨害罪の成否は実体審理を経たうえ諸般の事情を具体的に考慮してはじめて判断が可能となるものであるから、弁護人の主張は採用しなかった。)

よって、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 丸山喜左エ門 裁判官 奥林潔 裁判官 山崎恒 裁判長裁判官丸山喜左エ門、裁判官山崎恒は転任のため署名、押印することができない。裁判官 奥林潔)

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